|
|
そして大人気となった そして、この時期、
Macintoshユーザが当時はしばしば
陥ったHotSyncトラブルの特集
「ホット辛苦」シリーズへと繋がる。
PAL008「ホット辛苦からの脱出のために!」
PAL010「ホット辛苦2」
PAL018「ホット辛苦3と管制官からの報告」
その後の機長に絶大なる影響を与える
あのソフトと出会っている。
そう「Datebk3」だ。
しかも同時に、
その後、再三再四登場することになる
神様の似顔絵も初登場している!
PAL007「DateBook系ソフトの劇的な進化で嬉しい悲鳴!」
PAL011-020
神様との出会い
(1998.1.17-2.18)
@
この時期にある男からメールを貰った。
PAL012「SuperでHardな奴らの日本上陸!」
機長がそれだけでかなり有頂天になっていることは
上の記事を読むだけでもわかるが、
その男はJ-OSをまさに信じられない速度で
バージョンアップしている最中だった。
当時のβ版を触った興奮そのままに
機長は下記のシリーズを書いた。
いつの間にか機長はその男のことを
「神様」と呼んでいた。
PAL013-A「筋曜日に神様が動いた!(前編・その1)」
PAL013-B「筋曜日に神様が動いた!(前編・その2)」
PAL014「筋曜日に神様が動いた!(後編)」
さらに、そんな神様の存在のデカさに気づいて、
ベスト10にも登場した「Pilotの歴史シリーズ」を書いた。
PAL015「特別企画「Pilotの歴史」(その1)」
PAL019「特別企画「Pilotの歴史」(その2)」
なお、機長の嬉しい出会いは
神様だけではなかった。
この頃から読者のメール数も増えてきて、
そんな読者とのキャッチボールから生まれた
作品も登場するようになる。
PAL011「Datebk3を丸める?〜round
durationの秘密〜」
PAL016「神様の逆襲と機長の衝動買いと管制官からの報告」
なお、この頃から機長は読者のことを
「管制官」と呼ぶようになった。
彼らとの出会いも機長にとっては大きな財産だ!
PAL021-030
Palm
III登場前夜
(1998.2.24-3.10)
@
ベスト10でも触れたように
下記の作品を打ち上げ花火に
このサイトは母艦をMacintoshとするユーザのみならず
すべてのPalm/WPJユーザを対象としたサイトに
生まれ変わった。
PAL021「パイロット航空就航記念〜SCOOP!」
そして時代もまた味方して、
このサイトのアクセス数も
どんどん上がっていくことになる。
というのも、ちょうどこの時期、
「Palm
III」が発表されたのだ。
内外ともにネット上ではこの噂で持ち切りだった。
どんな形になるのか?
どんな名前になるのか?
PAL022「新型Palm
Pilotの秘密」
PAL024「三代目襲名の余波と林檎の浮き沈み」
PAL025「暇ネタ」
PAL026「アイツがやってきた!」
PAL027「速報!Palm
IIIのかたち」
PAL028「速報2!Palm
IIIレビュー」
PAL029「速報3!Palm
III発表直前」
PAL030「運命の子の誕生」
なお、この時期に
機長はMacWorldEXPO'98の会場で
神様とのニアミスを経験している。
PAL022「幕張の神様と最終戦争と博士からの手紙」
その翌年のMacWorldEXPO'99では
瓜生さんの「幕張計画」が行われ、
今年のMacWorldEXPO'2000では「幕2K」が
行われる。時代は変わった。
PAL031-040
ビーケーさん
(1998.3.13-4.5)
@
発表されたばかりのPalm
IIIには
実はこんな出生の秘密があった、というのが下記の記事だ。
PAL031「NAME
WAR〜完結篇〜」
その頃機長はとても哀しい事故に遭っていた。
この事故のために執筆直前だった
「Pilotの歴史」シリーズは突然終わってしまった。
PAL032「HD喪中」
PAL033「3.17事故の検証とその反響」
さて、この時期の機長は
なんと言っても、
あのソフトとの蜜月時代に入っている。
そう、その後、Datebk3といえばパーム航空、
パーム航空といえばDatebk3とまで言われた!
あ、先に答えを言っちゃった。
そう、Datebk3との感動的な出会いだ。
PAL035「君はビーケーさんを知っているか?(その1)」
PAL036「君はビーケーさんを知っているか?(その2)」
PAL039「君はビーケーさんを知っているか?(その3)」
PAL040「君はビーケーさんを知っているか?(その4)」
この頃はまだ時間もあったので、
Datebk3に関してはかなり詳細なRead
Meなみの
解説がなされている。
(そう、日本語版もまだなかったのだ、この時代!)
そしてPalm/WPJのスクリーンショットの撮り方が
わからず、この頃は全部画面を手書きで書いている。
す、凄い。
※かなり古い時代のDatebk3の話なので
そのまま今のものに適用しないでネ。
PAL041-050
名前!名前!名前!
(1998.4.9-5.7)
@
これまた、ベスト10でも触れたが、
(株)パイロットとの「Pilot戦争」に負けた
Palm
Computing社は
休むまもなく次の戦いの舞台に
引きずり出されることになった。
その辺の物語が下記の記事に書かれれている。
PAL041-A「PARM
WARS
II
〜帝国の逆襲?〜」
PAL041-B「PARM
WARS
II
〜反乱軍の勝利〜」
そして、こうした苦難の道を乗り越えて
ついに「Palm
III」が発売された。
その感動が下記の記事になった。
PAL050-A「三代目の実力」
PAL050-B「三代目の実力」
PAL050-C「三代目の実力」
ところでここで、
ひとつの悩みが機長に起こった。
これまでの「Pilot」とか「Palm
Pilot」と
「Palm
III」をまとめて呼ぶ名前がないじゃないか?
・・・そこで下記の記事を書いた。
PAL048-A「Palm/Pilot宣言と日本語環境の新時代到来」
PAL048-B「Palm/Pilot宣言と日本語環境の新時代到来」
ここで機長により提案された「Palm/Pilot」という呼称は
多くの方から指示を受けて、
その後本のタイトルにまでなったりしたものだが、
メジャーになりすぎてしまったことが
逆に墓穴を掘ってしまった。
つまり、それから1年以上たった99年初頭ごろ、
「Palm/Pilot」という呼称が一般的になったことで、
逆にPalm
Computing社がビビるという
逆効果が起きたのだ。
でも、機長がどう呼ぼうが
機長の勝手だ!と突っ張っていたのも
WorkPad日本語版がリリースされて
機長はそれまでの「Palm/Pilot」という呼称を
辞めて「Palm/WPJ」という呼称に変えた。、
そしたら今度は「Visor」だ、
「TRGpro」だ、と互換機の嵐が!
これからは結局「Palmマシン」とか
「PalmOSマシン」と呼ぶしかない。
なお、上記の記事では
当時まだ純正日本語版が存在しなかった
時代背景を受けて、
神様のJ-OSを筆頭に次々と生まれた
日本語入力環境系ソフトを特集している。
かなり内容の濃い記事だ。
そしてこの時期、
「パイロット航空」(当時)へのアクセス数は
ウナギ登りで、そのために
何度かサーバの引っ越しを繰り返し、
さらにはPalm
Computing社の名称変更の余波を受けて、
ついにサイト名を「パーム航空」と改めた。
PAL047「再び、離陸」
※この頃、山田達司さんのソフト「Pryol
Hack」を使った
特別機PAL-S11「輝け!第一回HotSync音楽大賞」が行われた。
※また、過去の「パーム航空」トップページを保存する
特別機PAL-S12「航空博物館」も登場。
PAL051-060
賢さ2割増(当社比)
(1998.5.13-6.9)
@
「マックで機長」時代の
お家芸とも言えた
トラブルからの脱出モノが久々に登場している。
本格サスペンスタッチ(嘘)の下記記事だ。
PAL051-A「無限地獄に堕ちたら?」
PAL051-B「無限地獄に堕ちたら?」
さらに、ここから発展したCool論争を
ブロードウェイ張りのミュージカルタッチ(嘘)で
まとめたのが下記の記事だ。
PAL052-A「COOLに行こう!」
PAL052-B「続・COOLに行こう!」
PAL062「Warm
or
Cool論争」
・・・と見てくると、
この時期の「パーム航空」は
とっても形而上的だ!
でも、これは機長の芸風が変わったというよりも
Palm
IIIが登場したばかりで
対応した周辺機器などがまだ
出揃っていなかったせいでもある。
そして相変わらずソフト方面では
機長はあのソフトの虜だ。
PAL054「号外!2.0だj」
PAL055「ビーケーさん2号・その1」
PAL056「ビーケーさん2号・その2」
なお、注目すべきは
パーム航空オリジナルブランドのソフトの登場だ。
以降、数々のソフトがパーム航空ブランドで登場した。
PAL058「パーム航空だけの特別公開ソフト」
※これ以降のパーム航空オリジナルソフトは、
特別機PAL-S04「Baggage手荷物カウンタ」に並んでいる。
PAL061-070
サッカーとゴリラの日々
(1998.6.12-7.15)
@
この時期のパーム航空はほとんど
開店休業中と言ってもいい。
なぜか?
ワールドカップが開催されていたのだ。
定期便にも連日ワールドカップ関連の記事が並んだ。
下記の記事だけじゃなく、
この時期の記事のすべてにワールドカップネタが
並んでいる。
PAL061「サンパイオの一番長い日」
PAL063「【臨時便】ナントの暑い日」
PAL069「仏様が笑った!」
そんなワールドカップボケを吹き飛ばしてくれたのが、
ベスト10でも触れた下記の感動ドキュメントだ。
PAL066「どうやら機長はゴリラを救ってしまったらしい!(その1)」
PAL067「どうやら機長はゴリラを救ってしまったらしい!(その2)」
再びDatebk3に心奪われた機長は
次々と有用無用を問わず同ソフトに関する記事を書き続けている。
PAL068「bkマニアとドナドナの歌」
PAL070「お待たせ!bk3ガイド」
PAL073「お待たせ!bkガイド【日本語版】」
PAL071-080
メールを送ろう!
(1998.7.23-9.12)
@
ゴリラの話は
機長にひとつの決断をさせる。
それまでは
「出来ればソフト作家にメールでも書こうよ」という
消極的論調だった機長が、
突然「気に入ったソフトの作者にはメールを!」という
運動を熱烈に始めたのだ。
この運動はその後も受け継がれ、
未だに続いている。
いいことだけに、やっぱ嬉しい。
PAL071「いっぴつけいじょう。」
そして、ちょうどこの時期、
メール熱に取りつかれていた機長は、
ベスト10にも登場したあの物語を書く。
PAL074「わが闘争」
地味だが、役立つページとしては、
これも忘れないで欲しい。
(とくにPalm/WPJ初心者の人!)
PAL075「アメリカソ・グラフィティ」
そして、この頃から
読者とのインタラクティブな企画も増えてきた。
PAL076「100,000アクセス突破記念!パーム航空クイズ」
PAL080「パーム航空クイズ【正解と当選者発表】」
そう、ついにアクセス数が10万アクセスを越えたのだ!
そして、この時期は
機長がMacintoshマシンを買い替えた時期でもあった。
その結果、G3マシンとSoftWindows、
そしてFlash
Builderについて書いた
下記の作品群が登場した。
(久しぶりにMacintoshユーザ限定情報だ)
PAL077「林檎爺さん物語(前)〜ジーさんと仲よく〜」
PAL078「林檎爺さん物語(中)〜熱い深紅の偽窓95〜」
PAL079「林檎爺さん物語(後)〜偽窓で閃光建設〜」
PAL081-090
はじめての名刺交換
(1998.10/13-11.14)
@
そして、
パーム航空史上最悪の論争が巻き起こった。
PAL081「瓢箪vs洋梨論争」
こんな馬鹿な情報ばかりじゃ申し訳ないので、
下記のニュース群では
パーム航空からとっても役立つSCOOP情報を
発信している。
PAL082「MacOS
8.5とPalm/Pilotの相性」
PAL084「SCOOP!MacOS
8.5でPilotDesktopが使える?!」
また、この時期、
ある素敵な出会いをしたことで、
機長はその後、
ある決断を下すことになる。
そんなエポックメーキングな事件とは・・・。
PAL086「Palmな人々」
つまり、この時期ちょうど開催されていた
Palmfan&FPalm主催「Palmwre
&
Goodz
Contest」の
審査員として呼んでもらった機長は、
ここでPalm/WPJの主要メンバー達と出会い、
生まれて初めて「名刺交換」をした。
この感動を全国のPalm/WPJユーザに!
・・・という想いから、
日本中にユーザグループを!という計画が持ち上がった。
そしてパーム航空は一周年を迎え、
最近再び話題のpalm.orgドメインを取得した。
PAL087「パーム航空就航一周年」
そんな幸せの絶頂には
しっかりと不幸もやってくる。
PAL090「大名危篤!」
※なお、PalmfanのM.Hiroseさんが病気に倒れたこの秋頃から機長は、
「定期便」よりも「時刻表」に力を入れ始めたため、
「定期便」の本数はめっきりと減っている。
この時期の、自分でも尋常じゃないと想ってしまう
「時刻表」の更新ぶりとその内容の凄さ
(定期便よりも長いものがゴロゴロある!)については、
ココを参照のこと。
この尋常じゃない状態は、99年春頃まで続く。
とくに、ユーザグループ関連の情報などについては
そちらの方に詳しい。
時刻表10 1998/11/01〜11/10 「M.Hiroseさん倒れる!」
PAL091-100
はじめての筐体開け
(1998.11/10-99.1.5)
@
はじめての名刺交換については触れた。
続いて機長に訪れた「はじめて」物語は、
初めてPalm/WPJの筐体を開けたのだ。
もちろん、当時はPalm
III。
PAL093「青目Palm(その1)」
PAL094「青目Palm(その2)」
この筐体あけ記事については、
「非常に役に立った」という感想とともに
「機長が言うほど難しくなかったじゃん」
(by
M.Hiroseさん)という感想も貰った。
この記事で、本格的に写真を大量に使った定期便を
飛ばしたことで味を占めたのか、
すぐに同じような定期便を飛ばしている。
PAL095「行け!タイプ君(その1)」
PAL096「行け!タイプ君(その2)」
そう、ちょうどこの時期、
Palm/WPJ初の本格的専用キーボード「Go
Type!」が
リリースされたのだ。
さらに、この後の定番パターンとなる
「リアルタイム更新」スタイルの第一号となる
記事も登場している。
ちょうどDatebk3がメジャーアップデートを行なったため、
いくつかトラブルが続いていたのだ。
PAL091「Datebk3
3.0a速報〜リアルタイム更新中〜」
そして、これまた今後の定番パターンになった
ジャンルをひとくくりでまとめてみよう的な記事も
初登場している。
PAL094「パーム航空図書館」
※相変わらず「時刻表」全盛期!
時刻表11 1998/11/11〜11/20 「GoType!が届いた!」
時刻表12 1998/11/21〜11/30 「パムポケがやってきた!」
時刻表13 1998/12/01〜12/10 「Palm
VIIの発表と山DA神社!」
時刻表14 1998/12/11〜12/20 「国内にUGが続々誕生!」
時刻表15 1998/12/21〜12/31 「MacPac
2.1bの頃!」
※Palmのユーザグループを全国に作ろう!という
特別機PAL-S07「Palm/Pilot日本占領計画」(当時)が11月22日に
翌日にはそのための専用BBS「PAL地下掲示板」(当時)が
それぞれアップロードされた。
以降、ユーザグループは
燎原の火のごとく全国に広がった。
PAL100-110
幕張計画と透明なアイツ
(1999.1.6-3.27)
@
この時期のメインイベントのひとつは、
なんと言っても「幕張計画」の開催だ。
もともと、はじめての名刺交換で興奮した機長が、
この感動を全国に!と始めた
「PalmPilot日本占領計画」は、
関西で同時期に生まれた「PUGO」や「CPUG」とも
連携して全国的に拡大!
その最初の全国的イベントとして開催されたのが、
この「幕張計画」だった。
今年の「幕2K」の予習にもどうぞ!
PAL103「緊急企画!幕張計画ワッペン」
PAL104「歴史に触れた夜」
そしてもうひとつのメインイベントはこれ!
初の純正日本語マシンである
WorkPad日本語版のリリースだ。
今から考えると変なものだが、
当時はどの会社からリリースされるのか?
でも、話題を呼んだものだ。
しかもその発表イベントでは意外なプレゼントが機長に・・・。
この辺の下りは、ベスト10にも選ばれたこの記事に詳しい。
PAL106「99.02.23」
さらに、パーム航空的にはもうひとつ
大きな事件があった。
それが、サーバ移転も絡んだpalm.orgドメイン問題だ。
PAL105「palmドメイン問題」
また、周辺機器では、
当時とっても熱くなった画期的なキーボード、
「SH-Keys」がリリースされている。
再び、腕は悪いが仕事好きの
パーム航空写真部が大活躍している。
PAL109「信濃富士1〜SH-Keysについて・その1〜」
PAL110「信濃富士2〜SH-Keysについて・その2〜」
PAL111「信濃富士3〜SH-Keysについて・その3〜」
PAL112「信濃富士4〜SH-Keysについて・その4〜」
あ、そういえば、
昨年の「Palm
of
the
Year'99」で
ケース部門の最優秀賞を受賞した
Y.Sahashiさんのケースが初登場している。
PAL102「革は呼んでいる!」
※相変わらず「時刻表」全盛期!
時刻表16 1999/01/01〜01/10 「MP2.1b34用日本語化パッチ」
時刻表17 1999/01/11〜01/20 「M.Hiroseさん退院へ」
時刻表18 1999/01/21〜01/31 「さ迷えるパーム航空」
時刻表19 1999/02/01〜02/10 「日本語版登場で怒濤の更新!」
時刻表20 1999/02/11〜02/20 「PalmVの発表と幕張計画」
時刻表21 1999/02/21〜02/28 「WPJの発売とpalm.orgの危機」
時刻表22 1999/03/01〜03/10 「MacPac2.1正式版リリース」
時刻表23 1999/03/11〜03/20 「柏木ショックと割れた液晶」
時刻表24 1999/03/21〜03/31 「SH-Keysでルンルン時代」
※日本語版発表を受けた神様のこの文章に刺激を受けて、
特別機PAL-S24「Pilotたちの伝説」をアップロードした。
また新しい日本語版ユーザのためのページ
特別機PAL-S09「What's
Palm/Pilot?」をアップロードした。
PAL110-110
オトナのワクワク。
(1999.3.28-5.18)
@
この時期はもう、
「パーム航空」上では最大のお祭りともなった
「Palm/WPJ殺し文句コンテスト」一色だ!
PAL107「新サーバ記念プレゼント」
PAL108「Palm/Pilotの殺し文句コンテスト」
PAL114「殺し文句コンテスト受賞作品発表・その1」
PAL115「殺し文句コンテスト受賞作品発表・その2」
PAL116「殺し文句コンテスト受賞作品発表・その3」
PAL117「ベスト10受賞者の弁」
あまりに長い期間かかったイベント(3月1日にプレゼント発表〜
3月25日にコンテスト予告〜5月3日に結果発表)だったので
ほとんど忘れていたが、サーバ移転記念のプレゼントが
すべてのきっかけだった。
さらに、日本語版登場による急激なユーザ数の拡大から生まれた
プログラマとユーザ間の距離の乖離をテーマにした
「一筆啓上運動」ライン上の下記の記事も書いた。
PAL118「作家とのつきあい方」
ジャンルをひとくくりでまとめてみようパターン第二弾も登場。
PAL120「PalmなKeyboardたち」
※「時刻表」は新時代へ
時刻表25 1999/04/01〜04/30 「Palm/PilotからPalm/WPJへ!」
時刻表26 1999/05/01〜05/31 「J-OSの未来と奥さん復活」
PAL121-130
暑い夏がやってくる!
(1999.5.22-6.21)
@
純正日本語版WorkPadのリリースに続いて、
最新型のPalm
Vに準じた「WorkPad日本語版
c3」も登場した。
このカッコいいフォルムは、
ますます日本のPalm/WPJユーザを増大させた。
PAL123「読むな!」
上の記事を読んで買ってしまったというユーザも多いと聞く。
でも、後悔はしていないという、
そこがPalm/WPJの凄いところ。
こうして、ユーザはますます増えていった。
そのために、それまで静かだった
Palm/WPJコミュニティにもいくつかのさざ波が起こった。
そんなひとつをテーマにしたのが、下記の記事だ。
PAL126「神様のこと」
そして、こんな時期に東京ビッグサイトで行われた
Palm
Computing社のイベントで
機長は幻と言われたプログラマに出会った。
そう、この夏、世界初のウェブブラウザを
Palm/WPJの世界に作り出した男が
久しぶりにPalm/WPJ界に復活した!
PAL122「Palm
Computing
Seminor
in
Tokyo
Big
Sight」
PAL125「あの夏・・・」
そして、だんだんと仕事が忙しくなって、
この頃にはあめっきり少なくなっていた
ソフトウェアのレビューを久しぶりにした。
その理由は、とっても便利だったことと、
どっちもシンプルなソフトだったため、
レビューが簡単だったからだ。
PAL124「邪魔者は消せ!」
PAL128「Only
for
WPJ」
そして日本でのPalm/WPJ文化は
ますます盛り上がり、新しい展開を迎えていた。
PAL130「e
v
e
r
y
p
a
l
m」
PAL132「PalmでWine!」
が、それは同時に、
日本と同じ2バイト文字を使う
アジアの国々にも影響していた。
PAL121「亜細亜的掌上文化」
PAL129「亜細亜的掌上文化2」
※新時代の「時刻表」
時刻表27 1999/06/01〜06/30 「揺れるガワ問題」
Click
the
following
icon
to
back
to
PAL131-140
日本の夏!パームの夏!
(1999.6.28-12.5)
@
まずは、パーム航空にとって
大きな出来事を紹介しなければならない。
これまで最盛期には
1ヶ月で10本は飛んでいた「定期便」だが、
この時期には5ヶ月ほど10本と、
いきなりペースを落としている。
これは、盛り上がりかけたPalm/WPJの波が
止まった訳でも何でもなくて、
機長の個人的な理由で
パーム航空が休航宣言を行なってしまったためだ。
そのため、定期便だけでなく「時刻表」も
一時は完全にストップした。
なのに、完全休航しないで
パーム航空は再開している。
なぜか?
理由は「パクスポ99」だった。
とっても素敵なお祭りが
突如始まってしまったために
休航を決意したはずのパーム航空が
再び離陸した。
PAL134「アイツが幕張にやってくる!」
PAL135「犬でもわかるパクスポ'99」
PAL136「伝説をありがとう!」
本当に感動的なイベントだった。
あえて休航の禁を解いたことさえ忘れるほどに!
(ユーザの祭典であるパクスポのみならず、
同時開催のWorld
PC
EXPO'99での
Palm
Computing社と日本IBM社を中心とする
各企業イベントの素晴らしさも忘れられない)
そんな中、機長の事情で
パーム航空が低空飛行を続けるのを尻目に
Palm/WPJは絶好調だった。
強力なライバルになるはずだった
Microsoft社のWindows
CEマシンは
少なくとも日本以外の国々では
急激な失速を始めた。
PAL137「がんばれ!WindowsCE」
PAL142「がんばれ!Windows
Powered」
そして、エポックメイキングな
ゲームソフトも、ついにリリースされた。
あまりの素晴らしさに、
久しぶりに本格的なレビューも書いた。
PAL138「ろばでもわかるTSM」
Palm/WPJがどんどん国内・国外ともに
盛り上がる中、
パーム航空は個人的な理由により
低空飛行を続けるという
とても矛盾した夏、そして秋だった。
でも、パクスポ99は本当に最高だった。
PAL141-150
Palmよ永遠なれ!
(1999.12.8-2000.1)
@
そしてパクスポ'99で盛り上がった
日本のPalm/WPJ熱は、
年末の一大イベントで次のピークを迎えた。
PAL141「Palm
Source
TOKYO
Summit
99」
パクスポがユーザからPalm/WPJへのエールだとすれば、
こっちのPalm
Sourceは企業からプログラマへの
素晴らしいエールだった。
そしてこの直前、
SONYがPalmOSとの提携も発表した。
PAL146「Sony製Palm?」
これとは違う意味で下記のニュースも大きかった。
PAL143「エルヴイ航空」
そして上の2つとは関係ないが、
不思議な事件が起きて、
そこからのイマジネーションで
下記の記事を書いた。
PAL144「Palm
Air
Lineの謎」
予想外の反響に機長も驚いた。
そして実はこの時期、
パクスポ'99とともに休航を再開(つまり、活動休止)を
考えていた機長を再び引き止める事件が起こっていた。
PAL147「時刻表99総集編
[Web
of
the
Year'99ノミネート]」
この事件のおかげで、
少なくとも年内までの活動継続を決めた。
だって、多くの人がこのノミネートを喜び、
投票はもちろん、その呼びかけまでしてくれた。
また、Palm/WPJ界唯一のノミネートだけに
その期待を裏切るわけにもいかなかった。
パーム航空は継続された。
そして、もし「信じられない結果」が
やってきたら、もう一度再考しよう、
などという余ったるい夢も見つつ、
ズルして3票もパーム航空に投票しつつ、
その開票結果を待った。
結果は予想通りのものだった。
でも失望はしていない。
天下にPalm/WPJ系サイトの存在を
知らしめただけでも意味がある、と思っている。
そして投票&応援してくれたPalm/WPJ界への
感謝の意味も混めて、
時間が出来た年末のある日を使って、
下記の記事を書いた。
来年は誰か頼む。
PAL145「Palm
of
the
Year
1999」
そんな2年と2ヶ月だった。
じゃ。
2000年1月27日
Palm
Air
Line
Top
Page!