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Palm of Xabier
【総集編】
キリスト教徒でもなんでもない機長のサイトで
なぜこんな話が始まってしまったのか?
…は、下記をご覧いただくとして、
とっても面白かったのでここにまとめておく。
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Date: 2001-08-30 (Thu) ■マザー・テレサ、死後の奇跡が報告される(ロイター) マザー・テレサって人が生前、とっても頑張った方で、とっても立派な方だったということはしばしば聞く。だが、そんな彼女でも「聖人として認められるには、死後に、少なくとも1件の奇跡が起きたことが証明されなければならない」という。これは厳しい条件だ。 そんな厳しい条件(たぶん「死後の奇跡」以外にも条件は多いんだろうネ)を乗り越えて「聖人」になった人が、これまでどれぐらいいるんだろう?と思ったら、かなりいた! ■聖人INDEX(その1)(その2)(その3)(カトリック百合ヶ丘教会ホームページ) この人数が、多いんだか、少ないんだかはよくわからないが、こんなにもいたことに驚く。あ、別に機長は宗教系の人ではないので、だからどう、ってことじゃなく、「聖人」になるのに比べたら「名球会」に入ったり「国民栄誉賞」を貰ったりするのは結構簡単なことなのかもしれない。どっちがいいとか悪いとか、そんなレベルじゃなく、ネ。だって、「奇跡」だよ、「奇跡」! ただ、思うのは、「聖人」になるための条件に「死後の奇跡」を加えたのって、なかなか粋な計らいなのかもしれない。その人のことを「聖人」に加えたい人たちは「死後の奇跡」を求めて、いつまでもいつまでもその人のことを忘れないだろう。ま、時には罪なことも起こるかもしれないが…。 ちなみに、「聖人」のことをもうちょっと調べてみようと思ったら、こんな「聖人」も見つかった。 @ |
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Date: 2001-08-31 (Fri) 「iPAL1551 死後の奇跡」で紹介した話、つまり、キリスト教で「聖人」と呼ばれるためには、いくつかの条件が必要で、その条件の中には「死後の奇跡」までが含まれている、という話だった。これに関連して、技術評論社「まるごとPalm!」シリーズの編集者でもある角健太郎さんからメールを貰った。はっきり言ってPalmとはちっとも関係のないテーマだが、面白いので紹介する。
いやいや、とっても興味深い話をありがとう!前回も書いたが、機長は宗教系の人ではないので、とくに信心深い気持ちになったりはしないのだが、あの「ザビエル」がいまだに腐らないままに保存されているのなら、是非死ぬまでに一度訪ねてみたいものだと思う。髪形は本当にあの通りだったのか?顔はあの肖像画に似ているのか?…など確認したいことは多い。 そして、角さんが指摘しているように確かに、先日紹介したリンクページには「聖フランシスコ・ザビエル司祭」の記述がある。それによるとザビエルさんはパリ大学の出身者だったらしい。これにまず驚いた。そうか、ザビエルさんにも大学時代があったのか?!今の大学生のキャンパスライフとはまったく違っていただろうことは承知の上だが、ザビエルさんの大学生活を想像するとちょっとワクワクする。サークルはどこに入ってて、合コンとかしたりしたんだろうか?…とか。だから、今の大学生のキャンパスライフとは全然違うってぐらいは知ってるつもりだよ。でも、面白いじゃん?ザビエルさんが仲間とスノボ合宿に行く姿を想像したりすると…。ちなみに、彼が生まれた場所は「ザビエル城」!すげー!自宅が自分の名前がついてるお城ってことは、すげー「お坊ちゃん」じゃん!てことはさ、…と、慶応の三田キャンパスを学食方向に向かって歩く学生時代のザビエルさんを想像中。 ↑ ザビエルさんとパリ大学のキャンパス ちなみに、歴代聖人の中には日本にゆかりの深いザビエルさんだけじゃなく、日本人も混じっている。しかも26人も! @ |
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Date: 2001-09-01 (Sat) ●追加情報アリ 「iPAL1551 死後の奇跡」「iPAL1558 ザビエルさんの奇跡」と、無宗教者にも関わらず、なぜかキリスト教の「聖人」の話で盛り上がった機長だが、これに関するコメントがいくつか寄せられた。 iPAL-BBSに書き込んでくれたguriさんによると…
…ということだ。どうやら残っているのは「右手」だけらしい。全身じゃなくて残念!…うん? ちなみに、文中に登場するロヨラさんはこの人。 ■イグナチオとイエズス会(上智の精神) ザビエル「俺、髪形変えようと思ってるんだ」 ロヨラ「スキン?」 ザビエル「いや!お前と一緒じゃ芸がないし、 俺は真ん中だけスキンで行く」 ロヨラ「真ん中だけスキン?…それって、中途半端じゃない?」 …なんて会話は当時、絶対になかったと思うが、「貴族の出」でザビエル城生まれのザビエルと同様に、ロヨラ城生まれのお坊ちゃまで12人兄弟の末っ子だったというロヨラさんは、「若いころは平気で罪を犯した。バクチ、女、決闘が好きで、生活は乱れていた」という。ま、多少は髪形の話でザビエルさんと盛り上がったという可能性も否定できない。そんな彼が戦争での負傷をきっかけに宗教の道に入ったのは30歳を過ぎてからのことだったという。つまり、それまでは、少なくともロヨラさんはお坊ちゃまの末っ子として、ずいぶん遊びまくっていた可能性が高い。そんなロヨラさんとザビエルさんの二人が作ったイエズス会から、のちに日本の上智大学が生まれたというのはなんだか皮肉な感じもする。 さて、一方のザビエルさんについては、「iPAL1558 ザビエルさんの奇跡」でメールをくれた角健太郎さんから追伸が届いている。
そして、「右手」だけが残っているということを教えてくれる、こんな記事を紹介してくれている。 ■聖フランシスコ・ザビエルはテニスの名手だった?(スポーツナビ/テニスの文化史) そして、驚くべきことに、この記事によると、宗教の道に入る前は「ペロタ」という現在のテニスの原形のようなスポーツが得意で、その腕は彼の右に出るものはなかったという。しかも、「ペロタ」は現在のテニスとは違い、ラケットを使わないスポーツだったために、現在もミイラとして保存されている彼の右手は、「著しく変形していることが1947年になって判明」したが、「その理由は「ペロタ」に熱中したからだ、という判定が下され」たという。 ↑ ザビエルさんを熱狂させたペロタ 驚くべきことにパリ大学時代のザビエルさんは、「iPAL1558 ザビエルさんの奇跡」で機長が書いたように「仲間とスノボ合宿に行く」ということはしなかったようだが、「ペロタ合宿」ぐらいなら楽勝で行っていたかもしれない、というのだ!そんなザビエルさんも、その後、ロヨラさんと出会ってからは回心して、あれほど大好きだった「ペロタ」を断ったという。逆に言えば、そもそも大学時代の二人はまだ出会ってなかった可能性が高い。そういう意味じゃ、「俺、髪形変えようと思ってるんだ」なんて台詞は出るはずもなかった。 さて、そんな若い頃の「ペロタ」三昧のせいで変形していたという、ザビエルさんの「右手」のミイラが現在置いてある場所についても、角さんがメールで教えてくれている。
■ジェズ教会(ローマの休日) 上の画像の祭壇に、ザビエルさんの右手のミイラが眠っているらしい。なお、上記ページによると、この右手はなんと「ザビエル来日400年の1949年と来日450年の1999年には再来日?して」いるそうだ。知らなかった〜!次に来日するのは来日500年の2049年まで待たなければならないらしい。 ところで機長は、ザビエルさんの来日450年のことなんか、今日の今日まで知らなかったのだが、ちょっとGoogleってみたら、実はこんなページもあることがわかった。 ■ザビエル上陸450周年記念 ホームページ(ザビエル上陸顕彰会) このページで感動したのはザビエルさんの名前の綴りだ。「St. Francis Xavier」と書くらしい。そして同サイトの年表とも言うべきページに下記のような記述を発見した。 ■1999年10月8日 ザビエル聖腕(右腕)来鹿(ザビエル上陸450周年記念 ホームページ) 「来鹿」とはもちろん「ザビエルさんの右腕に鹿が来たよ」の意味ではなく「ザビエルさんの右腕が鹿児島に来たよ」ってな意味だ。 さて、ザビエルさんの青春の1ページを探り、その右腕が最近、久しぶりの来日を果たしていたことを書いて、さすがにこのお話も終わりに近づいた、と思うでしょ? …ところが、まだまだ話は終わらない。この話をメールで知らせてくれたのは、読者の常塚さん。今度はザビエルさんの、というよりも、このお話の発端になった「聖人」の話だ。 皆さんは「守護聖人」という言葉を知っているだろうか?正直言って、機長は初耳だったのだが、英語で「Patron Saint」と書く、この「守護聖人」について、常塚さんが面白い話を教えてくれた。
ま、上の記事は英文なので、解説はこれから出てくる常塚さんのメールに任せるとして、そもそも「守護聖人」(Patron Saint)って何だよ?っと機長などは思うのだが、これについては、こんなページで解説を見つけた。 ■第217回 守護聖人(それだけは聞かんとってくれ) このコラムによると、「聖人のなかに守護聖人という分類があるらしい。これは我が国でいう、恵比須は大漁の守り神、菅公は学問の神様、というやつに近い概念なのかもしれない。だが日本のそれと違うところは、たとえば天神さんなら学問成就を願うあまねくすべての者がその加護ないしは御利益にあずかる可能性を持っているのだが、守護聖人の場合そうではなく特定の職業にのみ付く」ということらしい。だいたいわかってもらえただろうか? さらに調べてみると、こんな表も見つかった。 ■守護聖人(くろはたデータ蓄積処) 守護聖人の対応表みたいなものだ。これを見ると守護聖人は、職業のみならず土地(例:アイルランド)や、病気(例:ペスト)、動物(例:馬)、建物(例:洗礼堂)、一族(例:メディチ家)…などにも存在するらしい。 …と、「守護聖人」の概念が理解できたところで、さきほどの常塚さんのメールに戻ろう。
…ということだ。あはは。…と笑ってしまうと怒られてしまうかもしれないが、バチカンでは新しい職業や概念が生まれるたびに、その守護聖人を議論の末に決定しているらしい。う〜ん、楽しすぎるぞ、バチカン市国! では、我らがインターネットの守護聖人(前述のabc NEWS.comの記事では「Saint Dot-Com」と呼んでいる)となりそうな「セビリアの聖イシドールス」さんとはどんな方なのか?というと、ちゃんと画像が残っていた。こんな人、というか聖人だ! ■インターネットの守護聖人イシドルス(@nifty/聖書フォーラム) さて、常塚さんは、インターネットの守護聖人の話が終わったところで、最後に「守護聖人」の新作について紹介している。
上記のサイトが以下の記述の出典になっているらしい。全2841という気の遠くなるような守護聖人について紹介しているこのサイトは必見かもしれないが、ちょっとすべてに目を通すのは気が引ける。だもんで、常塚さんのメールを先に進める。
なるほど。こうして見ていくと、守護聖人決定会議というのは、きっと荘厳な会議なのだと信じるが、機長のような無宗教者が見ると、ある種、「笑点の大喜利」のようなものに見えてしまうケースがあるかもしれない。とっても罰当たりなことだが…。 ところで、常塚さんが出典としたページ「Patron Saint Index」には、ザビエルさんのページももちろんある。ここには我々の知らないザビエルさんの肖像画があった。 ■Francis Xabier(Patron Saint Index) かなりカッコいいぞ、ザビエルさん!そして、彼が守護しているモノ(Patronage)のリストには、「日本」を始め、彼が歴訪した各国や、「宣教師」、「教区」、「布教」、「伝染病」…など、彼の人生を物語るような名詞や固有名詞が並んでいる。 ところで、ここで少し話を戻したいと思う。「日本」の守護聖人はザビエルさんだという話はすでに書いた通りだが、これも前述の通り、日本人にも聖人になった人間がいる。しかも26人も!歴史の教科書などにも出ていた、いわゆる「26聖人」だ。彼らについてはこんなページがある。 ■日本の教会と26聖人(日本26聖人) ここには、「聖パウロ三木」や「聖ヨアキム榊原」「聖パウロ鈴木」などの26聖人の名前やプロフィールなどまで出ている。これによると、全員が日本人ではないことがわかる。20人が日本人で残りの6人は外国籍だ。 この26人については前述の「Patron Saint Index」にも特集ページがある。 ■Nagasaki Martyrs(Patron Saint Index) 「長崎の殉教者」と名付けられたこのページを見ると、彼ら26聖人のすべてが守護聖人の役割を行っているわけではないことがわかる。このページで発見したところだと、スペイン出身のPETER BAPTIST(聖ペトロ・バプチスタ)さんが、「日本」や「Peterという名前の人」の守護聖人、インド出身のGUNDISALVUS GARCIA(聖ゴンザロ・ガルシア)さんが「インドのボンベイ」の守護聖人、大阪出身のJOACHIM SACCACHIBARA(聖ヨアキム榊原)さんが「Joachim(ヨアキム)という名前の人」の守護聖人を、それぞれ勤めている。それにしても「SACCACHIBARA」が「榊原」とは…。というわけで、26聖人の中で守護聖人を担当しているのは榊原さんただ一人であることがわかった。 なお、「日本」という国を守護聖人として守護してくれている人については逆検索をかけたところ、以下の三人であることがわかった。 ●Francis Xavier ●Our Lady of Japan ●Peter Baptist 一番上はご存知ザビエルさん、一番下は26聖人の一人である聖ペトロ・バプチスタさん。では真ん中の人は誰なのか?というと、この人だった! ■BLESSED VIRGIN MARY(Patron Saint Index) この人の守護聖人リストを見ると、世界中の国々を守護してくれていることがわかる。さすが、Virgin Mary! さらに、さらに、「Patron Saint Index」はとても面白いデータが溢れている。「Japan」で検索をかけると、たくさんの日本人や日本関係者が見つかった。26聖人はもとより、ザビエルさん、そして歴史の教科書でおなじみの天正の少年使節の面々、さらには日本の歴史では有名ではないがキリスト教の世界ではその価値を認められた人々、など。ほとんどが戦国時代〜江戸時代なのだが、中には、20世紀の日本人も見つかった。 ■Kitahara Elisabeth Maria Satoko 誰なんだろう? …と、謎を残しながらも、面白いから、という理由だけで、あまりにもキリスト教一色になってしまったiPAL-NEXTだが、こんなことだと違う趣味の人のためのホームページだと勘違いされてしまいそうなので、次回からはまた通常通りのPalmOSユーザーのためのページとして再開する。 【追加情報】 その後、機長が「謎」と書いた「Kitahara Elisabeth Maria Satoko」さんについては、kitさんよりiPAL-BBSに書き込みがあった。下記のページを参照。 ■感動のアンビリバボー〜蟻の街のマリア(奇跡体験!アンビリバボー) なるほど。そーゆー人だったんだ〜!Googleにたくさんの関連ページが出ていた。とくに出版物が多く出ているらしい。 ■「北原怜子」をキーワードに検索した結果(Google) いちおう、完。 @ |
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